定年後のライフスタイル


by dbeiko
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 今回は、名古屋でも嫌な思いをし...しかも..チェンマイへ帰ってからも高熱、耳鳴りに
悩まされ...全く..どおなってるの..私の身体と叫びたい...
そんな思いの中..私にとってはと言うより...普通に暮らしている私が、どおして...
そんな事が...私の身に降りかかり...落ち込みました...本当に...
名古屋へ帰ろうかとまで...思い詰めました...

そんな時に...以前からのお友達と言うより、ここチェンマイがベストシ~ズンに
入ると短期でチェンマイ暮らしをされる方から...昨日でしたが...偶然にも2名の方からの
エイコさんどおなってるの..コラム乗せてくれるはずでは..一回だけでぇ~..見たいな
メ~ルが届き...もう間もなくその方達もチェンマイ入りなので..
大急ぎで..2回目のコラムをと..思い立ちました...

沢山の方達と書きたいのですが...2名の方も沢山の方も私にとっては..
私のつたない文章を楽しみにしてくださる...
それがとてもうれしく...では早速と...2回目を載せる事にしました...

  【うふふのふの...あんな事...そんな事...こんな事...】
 シンチャン...《私の..小さな、小さな、ボ~イフレンド》
シンチャン..? シンチャンは小学5年生..目が大きな、眉きりりのなかなかの男前...
日本なら、さしずジャニ~ズ系...エイコさんが大、大、大好きな男の子、私が日本に帰って
チェンマイへ戻って来ない日が続くと..何時帰ってくるのかと、毎日、毎日聞くという...
今回も2ヶ月余りの長丁場の末に帰って来た、私を見つけると...
『エイコサ~~ン..』と私の名前を呼びながら飛びついて来た...そして長い間私の胸から
離れませんでした...その日シンチャンは、私の側から片時も離れなかったのは...
言うまでもありません....

始めて、シンチャンの家へ食事の招待を受けて行った日のこと....『エイコは..ここ..』と
自分の隣の席をキ~プ..私のグラスが空になると..ビヤを注ぎ...お皿が空になると
お料理を取って..至れり尽くせりの接待を受け..さぁ~..帰りましょう..
『ご馳走様でした..』と帰り支度を始めると..
花瓶に生けてあった花を一本小さな花瓶に入れて..『エイコサン..』と差し出す..

又、ある日の事...お父さんがセンタ~ンまで買い物に出掛けて行きました。
廊下からお父さんと、シンチャンの声が『ただいま~』とお父さん...
すると、お父さんの後ろに隠れていたシンチャンが..
『エイコサ~ン』と差し出したのは何やら紫色の小さな花..
『お母さんこの花ね、シンチャンがエイコ..エイコと..言って道ばたに咲いていたのを、
摘んでくれたんだよ』...私は、思わず『シンチャン..ありがとう』とほっぺにチュ~..♪
シンチャン照れながらもうれしそう...

そして、そして夕ご飯を食べていると..ヒョコ..ヒョコと近づいて来て..
『エイコ..エイコ..!!』と私の顔を見るや...お店の中に入っていき..
テイシュを持って来た...するとそのテイシュを私の口へ
私があわてて身を引くと..『エイコサ~ンメダ~イ..メダイ』と、またもやこの小学5年生は
強引にテイシュを口へ..そうなんですよ..この所の気温の変化で、私の唇が荒れて..
その荒れた唇が切れて、血がにじんでいたのです...

ここ.の所毎晩私とお父さんが食べている食堂へ現れては、シンチャンは私の世話を
かいがいしくするのです..
お料理を取り分けてくれたり..ビヤを注いでくれたり..お料理が遅いと..
催促に飛んでいってくれたり私達が何も言わないのに..走り回ってくれるのです..

今日も今日とて...私の隣はシンチャンの指定席..スプ~ンを取ってくれたり、
私の好きなお肉を探して口へ運んでくれたり、とてもかいがいしく、
お世話をしてくれるのです..
食事の後に私と『ジャンケンポンポン..アッチムイテホイ』と無邪気に遊ぶシンチャン..
それを見ていたお父さんの一言...
『あんまり早く大きくなるなよ..シンチャン、シンチャンの大好きなエイコさんが
おばあさんだったと..ガッカリする日がもっと先になるように..!』


此は、去年の12/15日/一年くらい前の話しでしたが...
やっぱりシンチャン一年でちょっと大人になりました..
以前の様にはべったりではなくなりました..
それでも..やっぱり大好きなのか..私を見つけると
『エイコさん..エイコさん..』を連発..
マ~ミャンと..私をとりっこします...
この子たちが大きくなった時..大人になった時...
日本人のおばあさんが..どお..写っていたのか...
聞いて見たい...その時私は何処にいるのかしら...
 
 



 

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# by dbeiko | 2007-12-06 13:43

     【じいじとばあばのチェンマイ暮らしパ~ト2】へは
      http://jijik.exblog.jp/ で開いて下さい。

     
        これで...パ~ト2へたとりつけない方へ
          左端に最新のコメントと言う所があります..
          その上にエキサイトブログ
          じいじとばあばのチェンマイ暮らしと書いてある..
          そこをクリックすると、パ~ト2へたどりつけます...
      
          かばいさんが教えてくれました。
          かばいさん、ありがとうございました...
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# by dbeiko | 2007-08-29 06:47

     【じいじとばあばのチェンマイ暮らしパ~ト2】へは
         http://jijik.exblog.jp/ で開いて下さい。
 
   

    なお..このブログは..私..dbeikoさんが続けていきますので..
    今まで通り宜しくお願いします..\(^O^)/ 

 
 天草で2泊した朝、皆はまだ夢の中....私はチェンマイと同じで
 一人早朝散歩へ出掛けた....
 
 ごく普通の小川の水の流れが..なんときれいな事か..チェンマイではとても
 お目に掛かれる光景ではない...あぁあ..この小川をマ~ミャンとシンチャンに
 見せてやりたいなぁ~..あっ..よ~く見ると..小さな魚が..うわ..すっごい...
 そう言えば幼い頃..タオルを広げて、弟とタオルの端を持って..
 妹達二人に『魚を、ここまで追って来て~』と言って..遊んだ事を思い出した..
 一時間くらいの散歩の後、宿へ帰り着いたが...まだ皆..夢の中..
 
 そうだ車の中の整理でもしておこうと..弟のポッケから車のキ~を取り出し..
 車中の掃除に取り掛かった...さぁ~..お次は..後部の荷物の整理と思い..
 車の後ろへ回った所..後ろのドアが開かないので..車を前へ移動しょうと
 運転席へ..キ~を差し込んだ....
 『姉ちゃ~ん..何してるの..』と妹のすっごい声..そして..『止めてよ..』と..
 10ヶ月間、車の運転をしていない私..
 この車は妹が買ったばかりの自慢の愛車..
 その後の言葉は..ここに記す事が出来ないが..とてもさびしく..辛かった..
 年を取ると言う事は、こういう事か..思い知らされる出来事でした...

 日頃年取ったよね..老眼もすっごい勢いで進むし..最近は飛蚊症まで、でて..
 目一つとってもこん状態なんだから..他の所を思ったらゾッとするね..
 何て言葉を自分が口にしていたのに...

 そして、母の事を思い出した...
 縫い物をする母に..後で肩が凝っただの..頭が痛いだのと大変なんだから..
 その辺で止めといたら...
 又..息子の大好きな鶏手羽の料理を、私がやるから良いよと、鍋を取り上げた..
 私は、母の事を思っての事だったけど..縫い物は忙しい私に変わっての事..
 又..お料理は、孫の喜ぶ姿が母にとっては何よりの幸せ...
 でも..もう一つあったに違いない...
 まだ..まだ..私も役に立っていると..そう..思いたかったのだと思う..

 さて...昨日の事
 なかなか眠れなくて..朝までうとうと状態だった私は..5時になるのを待って..
 さぁ~...いっちょう..やって見るかと..
 早朝の散歩ならぬ..早朝ドライブと洒落込みました...
 そして2時間弱...とても楽しくて..自信がついたドライブとなりました...
 
 息子にこの一連の話しをした所...
 当たり前だろう..僕だって...母さんが僕の車に乗りたがるけど..
 《ちなみに息子の車はSURF》 本当は心配なんだよ...
 まあ..でも..母さんだからなって...何が母さんだからかは..分からないけど..
 これからは、格好良く走りたい時は、息子の車にすればいいんだぁ~..
 そう..思った私でした...

 【まだらぼけ】と..私の事を言う息子...【まだらぼけ..】の..間はどうやら
 息子も自分の車を運転する事は...見逃してくれそう...
 
 


 
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# by dbeiko | 2007-08-26 08:09
【じいじとばあばのチェンマイ暮らしパ~ト2】へは
http://jijik.exblog.jp/ で開いて下さい。

 
 なお..このブログは..私..dbeikoさんが続けていきますので..今まで通り
 宜しくお願いします..\(^O^)/
 
 
 チェマイから帰って、アッという間に2週間が過ぎてしまいました...
 お父さんからのメ~ルは、私の変わりのラジオ2時間の苦労と...
 pcが又言う事を聞いてくれなくなった様で...
 イライラしている様子が手に取るように伝わってくる...
 
 まだお嫁さんを貰わない息子も気になるが...チェンマイへ一人残して来た..
 お父さんも気になる...
 もし..もし..神様がいて..願いを一つだけ叶えてくれると言ったら...
 もう一つ体が欲しい...二つ体かあったら...一つは息子の元へ..
 そしてもう一つは、お父さんのところへ..最近の私の願いである...
 
 ユックリしょうなんて気持ちで、帰ってきてはいないが...
 この忙しさは半端では無い..
 8日朝の9時少し過ぎに我が家へ到着...座る間もなく..
 水回りの掃除に取り掛かり.. ホッと一息ついたのは..
 何と夕方6時を過ぎていた...それから中..一日おいて、九州へ向けて出発..

 九州は、熊本《天草》福岡と、郷愁を誘う旅と...
 初盆を向かえる叔父と従姉妹への
 お参りを兼ねたもので...飛行機の疲れが残る体のまま..車での九州移動...
 つくづく年を感じた旅行でした...
 
 一週間弱の九州の旅から帰って来て...疲れを癒す間もなく..今日まで...
 チェンマイでは、早朝散歩と称して、2時間から1時間位を歩いている私は...
 帰って以来歩いて無いので..病院までの車なら10分足らずの距離を水曜日に
 歩いて行った...
 暑い...あつ~~い..当たり前だ..お昼の12時半...
 何と私の担当医師は夏休みを取っていて...いなかった...
 エッ...でも仕方がない..確かめなかった私が悪い..
 帰りはバスにしょうとバス停へ...ギョ...出たばかりでは無いか...
 仕方が無い歩くことにした..5分も歩かない内にトラブル発生...
 行きから痛い..痛いと思っていた私の足に..まめができていた...
 どうやらそれがつぶれたらしい...見るも無惨な痛々しい足...
 裸足になりたかったが..コンクリ~トの道を裸足で歩いては今度は..
 やけどをする事になる...
 暑さに弱い私は、チェンマイでは日中に外へ出るのは、ラジオとCLLの時
 しかない...
 早朝の散歩だってしかり...なのに..日本..名古屋と言うだけで..
 余りに無謀すぎた行動がもたらした結果....これには..もう一つおちがついた...
 昨日..頭痛に吐き気..そして体のだるさで...どうにもならない私は、
 近所の掛かり付けの整形へ...
 すると..先生が..近藤さん暑いチェンマイで大丈夫なのに..名古屋で熱中症に
 かかってはと..大笑いをされてしまった...どうやら軽い熱中症にかかったらしい..
 それにしても..日本は暑い...名古屋は..あつい...
 チェンマイも確かに暑い...でもチェンマイは木陰にはいれば涼しい...
 日陰なら大丈夫..ここ名古屋は日陰も暑かった...
 
 かくして私は、チェンマイから帰ってきて以来..動かしづめに動かしていた体に...
 休息を与える結果となった...
 
 今朝、玄関先に水をまいていたら..先生が通りかかり...
 近藤さんゆっくりねと...釘を刺されてしまった...

 2ヶ月の予定で帰ってきているので...早く早くと気持ちがあせり...こんな結果と
 なってしまう...
 今日からは...ゆっくりしょうと思っている...

 一年余り留守にした我が家は、荒れ放題に荒れていて...男の一人暮らしに限界を
 感じ..この家は売って..マンションにした方が..何て事を考えている私がいる..
 チェンマイで..ああだ..こうだと..考えていた事と..現実はこうも違うと...
 改めて..考えさせられる日々を送っている...


 
 
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# by dbeiko | 2007-08-24 10:31
いろんな所から..
【じいじとばあばのチェンマイ暮らしパ~ト2】が開けないと言うメールが届いて
いたようなのですが...私が名古屋へ帰ってきてから..今日まで忙しくしていて..
ブログを開く時間がなくて..ご心配やら..ご迷惑を掛けてしまい..
申し訳有りませんでした..

【じいじとばあばのチェンマイ暮らしパ~ト2】
http://jijik.exblog.jp/
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# by dbeiko | 2007-08-19 13:46

じいじとばあばのチェンマイ暮らし[パ~ト2]について
PCの調子が悪くなり、修理に出したところ、ブログのぺ-ジが開かなくなり...
栄子のpcでの投稿となっていたのを...栄子が名古屋へ帰る事で栄子のPCが
使えなくなってしまう
次回から、  じいじとばあばのチェンマイ暮らし[パ~ト2] を開いて下さい。

◎この頃と天気・・・。

此処2ー3日は、雲も多く何時雨が降り出しても可笑しくない日続く。
厚い雲間からも、時々、雲が切れると青い空から強い日差しが差してくる。
そんな時の日差しは暑い。雨が降りそうで降らないので蒸し暑い。
いよいよチェンマイも本格的な雨季に入った様で、忘れていたピン河の水位が気に
なる季節になった。
この頃の室内温度は、31ー2度で夜中も変わらないが朝方だけは少し下がる
様だ。

8月2日(木)。朝から薄い雲が空全面を覆っている。何時もの様に6時前にコンドを
出る。
少し走ると車のウインドガラスに小粒の雨が当る。大降りにはなりそうでない。
プレーを始める頃には霧状の雨も止んだ。
午前中はそんな霧雨が降ったり止んだりで、むしろそんな時の方が涼しくて気持ち
良い。
午後も鱗状になった雲が空全面を覆っている。夕方までには、強く一雨来て
欲しい。

◎ラチャパット大学の『日本祭』・・・。

先週、私はラチャパット大学の『日本祭』に行ってきた。
今年は、7月27日(金)ー29日(日)までの三日間、ロビンソンデパートで有り毎年
このデパートで開催されている。 私のその中の28日(土)に行った。

男女大学生が日本人からの指導で、どれ位の日数を掛けてこの開催にコギツケタ
のか日本人(女性)先生達も大変な苦労の事だと思う。
ラチャパツト大学の日本人先生は、私達の行った日にも催し物、会場を見た感想を
求めて折られた。
何とか成功させたいし、又、来年にはモット良いに『日本祭』にしたいと云う意気
込みが充分に見えた。

囲碁、折り紙、書道、茶道、その他日本の紹介の文書書き等、沢山ものが掲示され
ていた。
舞台では、盆踊りを男女大学生が浴衣を着て踊ったり、日本に関するクイズをしたり
プログラムも趣向を凝らしての開催だった。

ラチャパト大学とCLL(チェンマイ ロングステイー ライフの会)とは、友好的で
CLLの婦人部からも浴衣の着付け、茶道、折紙等、大勢の人が学生の指導に
あたった。
囲碁は先日、日タイ友好120周年の催しでセンターン(百貨店)で、大々的な囲碁
大会が有りCLLからも腕に覚え有りの会員も沢山参加した。
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タイ人が主体の囲碁大会で子供、学生、社会人と沢山のタイ人の出席が有ったと
聞いた。
それが、囲碁は学生が大変強くて参加したCLL会員が舌を巻く程だった。
その大会には、日本棋院から2名プロの棋士が来てタイ人の指導に当たって
いた。

私の『日本祭』会場で見た学生同士の囲碁対戦は、まだ覚えたての二人の対局で
日本ではこの様な姿で囲碁をやり日本の遊びの1つと云う見本の様だった。
この二人は日本語学科からで、それ以外の学科には本当に強い学生もいるかも
知れない。

書道も初めて此処に来て筆を持つて学生が多く、書道の指導にタイ人の学生が
一人いて初めて書道をする学生に書き方を教えていた。
その学生も上手くはないが、筆運びを良く練習していて学生に筆使いの指導を
していた。
タイ人の中には中国系タイ人(コンチン系タイ人)が多く居られるので、書道は
それなりに上手に書ける人も多くいる事と思う。

初めて筆で文字を書くタイ人学生は、筆の先が柔らかく墨を付け文字を書くものの
文字が文字にならず指導する学生の書き方に習っては見るが、全く似つかない字
になり皆で大笑いをしながら書き上げる。それは、それで廻りも楽しそうだった。

茶道は、CLLの婦人部から指導を受けたものか他の人達に指導を受けたのか、
女学生が二人正座して確り座っている。その二人が、タイ人学生のお茶の指導と茶を
点てていた。
正座なので足等シビレがこないかと心配して見ていたが、その心配はなかった。
真似事の茶点てだが、それなりに茶点ての順序を良く覚えて真剣な顔をして茶点に
取り組んでいる。
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タイ人の多く学生は、日本の本当の茶点てを見た事がないし、茶点てすら全く
知らない。
茶を点ててもらい抹茶茶碗をもって飲むタイ人学生も、茶点てをした二人の学生に
教えられながら茶を飲む。
抹茶茶碗で茶を飲んだ後に、抹茶茶碗を拭いたりするのも点ててくれた生徒が教え
いてる。
茶点てが終わって飲んだ後にお互いに楽しそうに笑い合う。
見ている方もほのぼのとする。お茶を飲むのに、こんな形式ばった事で日本人は
茶を飲む。
タイ人にはどの様に写っているのか知りたい。
 
舞台の上では盆踊りも紹介されていた。何故か『東京音頭』の曲が掛かっているが、
踊りの方は『炭鉱節』の踊りになっている。  盆踊りは、皆、同じかも知れない。
私は『炭鉱節』の踊りは知っているが『東京音頭』の踊りは知らないのでこれ位で。
指導される方も突然の事で戸惑ってしまいこの様になってしまったのか、ご苦労が
目に見える様で労を労いたい。 指導者の方々には、本当にご苦労様でした。
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正面に大鳥居がスチロールで作られて、それを金色で塗って日本の特徴を強く打ち
出し祭りと書いたハッピを多数の学生が着て日本祭の雰囲気充分に出ていた。
来年の 『日本祭』が、又、楽しみになる。来年を期待して今から待つ。
チェンマイでこれだけの日本が見えれば充分だ。

◎ネットで聞けないパッピーラジオ・・・。

インターネットでパッピーラジオつながらないですね。どうなってしまったのか。
接続時に一週間位は聞けていたのに、その後もチェンマイのコンドの部屋で
パソコンでパッピーラジオに何度もクリックチャレンジするが音が出ずに全然
つながらない。

昨日も局でスタッフにつながらないと話したら、何かが壊れていてその部品を
取り替えるのに金曜日になると言っていた。本当にそうだろうか、どうも判らない事
ばかりだ。
まぁー金曜日頃には、必ず接続出来る事を期待して待ちます。
何せ此処は、タイですから・・・マイペンライでね。

◎雷雨と停電・・・。

昨日の昼、栄子がラジオ放送で私も一緒に同行してラジオ局の方にいた。
昼の1時半過頃か突然夕立が降ってきて放送が終わっても、何時もは持っている
傘を持たずに来てしまい帰るに帰れず、局で雨が止むのを待つハメになってしまった。

この頃は、段々と降る雨もスコールの時の雨降りになってきている。

昨日も初めにドッーと強く降り出して30分も降ったのか、雷も激しく鳴っていたら
突然、電気が切れてしまつて、勿論、放送しているラジオも聞えなくなる。
このラジオ局も規模が小さいので、停電ようの発電機など置いていないので、
たちまち全部消えてしまう。
スタッフが、何かあちらこちらの予備電気で付いているスイッチを消して廻っている。
ラジオを聴いている人は、突然、ラジオ放送が消えてしまうので、如何した事か気に
なる事だろう。  勿論、ネットで聞いている時でもそうだ。
ネット事情が悪く聞えなくなったと思うが、その実は此方の停電から起きている。

こんな事が日常よく起きるのでスタッフは、CM時間が来てもCMを流す事に余り
気にもせず流れいってしまう。 
一生懸命気、気をもむのは、私達だけかも知れない。

私の住んでいるコンドもよく停電する。
少し強く雷なりがあったりすると電気が切れる。晴れていて雷がなくても近所で
何か大きな音がしたりすると直ぐに停電をする。
あの音は電気系が原因で、何か事故が起きているのではないだろうか、私達には
判らない。

日本ではこの頃 、停電をすると云う事はあまり無いので、停電が有ると日本人は
戸惑ってしまう。 
タイは何故、今もろうそくが多くあるのかはこの変にも有る気がする。
日本も昭和30年前半までは、時々停電する事は有ってもこの頃は滅多に起きない。

タイでも停電すると電化製品等、製品に記憶させていたものが消えてしまう事が有る。
改めて記憶させなければならない。
それを忘れていたり、外出中に停電が有った時には気が付かずにあとが大変だ。
それにしてもチェンマイは良く停電する。

          今日は、この
辺で。

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# by dbeiko | 2007-08-03 07:15
◎この頃と天気・・・。

26日(木)今日は、CLL(チェンマイ、ロングステイー、ライフの会)ゴルフ月例会の
日だ。
ゴルフ部の新米リーダーになり、何だか気持ちが逸るのかゴルフ場に早く行きたく
なる。
何時も向へに来てもらうAさんに無理を言って5時45分に来てもらう。

この頃は、少し朝が明ける時間が遅くなってきている。
今日もゴルフ場で話題に出たが、8月の定例コンペは30分遅らせる事になった。
6時30分の集合で7:00スタートで行く事にした。
季節の時間変わりはゆっくりしている様で、気づく度に何と早く過ぎて行くものかと
改めて思い直す今日この頃だ。

今日(26日(木)は、快晴で朝が明けた。
ゴルフ時の朝礼の挨拶にチェンマイでは、こんな快晴は良い天気ではないと挨拶
した。
先回も此処に書いたが、キャディーも決して良い天気とは言わない。
快晴だからこそ暑い暑い。 汗(ングワ)が、ジワジワと背中を流れて顔にも吹き
出てくる。

快晴だった天気も、プレーが終り表彰式のパテイーを開いていたら外で大きな音が
する。
何の音かと思って窓の外を見たら、大粒な雨が強く屋根を叩く音だ。
30分も降ったか、歩道は深い水溜りが出来て駐車場の車まで行くのに水溜りの
中を歩く。
午後2時半位にも、又、突然強い風が吹き出して10分もしない内に強い雨が
降ってきた。
チェンマイもいよいよ本格的な『安居入り。(カオ パンサー)』(パンサーは雨季と
いう意味。)を、向かえタイは今月30日(月曜日)は祝日となる。
この月末から、10月中頃まで雨季が続き『安居明け。(オーク パンサー)』
雨季が明ける。

◎又、又ワゴン車でバンコクへ出発・・・。

私達は、7月22日の日曜日にプーさんの妹のブンちゃんのシィーンラパコーン大学
の卒業式にバンコクへ行く事になつた。
プーさんから、私達に如何してもブンちゃんの卒業式には出て欲しいと言われて出席
する。
ブンちゃんは、チェンマイに帰ってくるとプーさんに連れられて来て我が家に遊びに
来る。 そんな事から日頃から非常に久しくお付き合いが有る。
ブンちゃんも私達に卒業式には絶対に来て欲しいという。

日曜日の朝、8時45分にセキサン夫婦が車で迎えに来てくれて、その車に同乗して
ランパーンに居るプーさんの母親を、途中で乗せてバンコクに行く事になっている。

迎に来た車は少し大きめのワゴン車でまだ新しくこれならば、今から車での長旅にな
るが快適に乗っていく事が出来そうだ。
バンコクの位置はチェンマイから真南にあたり一路走る事、約700Km行く事になる。

ゴンコクには、私も今までに車での行ったり来たりする事、これで4回目になる。
初回は4年前でチェンマイにロングステイーする為で、バンコクから乗用車を
チャター。 朝、5時頃にチェンマイに向けて出発した時が初めてだつた。

何故、車をチャターしてチェンマイに来たのか。
それはバンコクの友人から日本とチェンマイでは電圧が違う為に、今からタイで
ステイー生活を送るには日本の電化製品を必ず使う様になるので、その為にも
変圧器が必需品なる。

今、余っている変圧器を持っていった方が良いと、言われて全部もらう事にした。
この変圧器の1つ1つが、かなり重量がある。荷造りしてチェンマイに送る事も
出来ない。  荷造り材から、運送屋の手配、これも全然判らない。
チェンマイの運送屋での引き取り方も全く判らない。自分で運送屋に持って行く事も
出来ず困った果てが、それでは車をチャターしてチェンマイに行けば全部解消
できてしまう。

車では費用は掛かるが、言葉や手間等考えると無事、自分と荷物が移動する最適な
方法だ。  それが、最初にバンコクからチェンマイに車で来た理由だ。
その変圧器が、今、友達が言った様に大変役に立っているので、充分に感謝
しいてる。

その次は定期路線バスで栄子とバンコクの友人に会いに行くのに、栄子にバスで
行くと車窓からタイの風土が良く見えるのでバスで行こうとなり、行きはバスで帰りは
飛行機で帰って来た。

三回目の時は、タイ店のワランさんの姪っ子さんの結婚式にゴンコクに連れて行て
もらい往復ワゴン車で行き来した。
それから今回で、この卒業式に往復ワゴン車で行き来だ。

最初のチャター車の時もタイ人夫婦と一緒で車内では、タイ人と自分だけの旅に
なった。
そんな時には、タイ人と自分だけて会話も身振り手振りになり思わぬ体験が出来る。
家族同士で泊る機会でも出来ると、なお更自分達とタイ人家族が互いが判りあう
最も良い機会となる。
言葉が判らない同士では、互いに心と心が通じ合わないと旅が、上手く進まないし
面白くもない。

セキサン、プーさん夫妻は日本語になるが、他では互いに知らない言葉が、ぶつかり
合い互いに心の思いを理解しあう事になって、このやり取りも面白く楽しいものだ。

プーさんの家は国道から2Km位入った所にある。廻りは小さな村で緑が多く花も
咲く。
タイは一年中何か花が咲いている。1月にはチェンマイで『花フエッシュバル』も有る。
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話は元に戻るがランパーンにプーさんの母親を迎に寄ったら、朝ご飯が用意されて
いる。
それを、皆で「食べて行きなさい。」とお母さんが言う。
何処の親も同じで、朝、家を出るのが早いので食事まで用意してあった。
先が長いので長時間は取れないが、そこで一服しながら朝食を取る事になった。
この朝食を作るのにお母さん(何時も自宅炊事。)は、早くから起きて作られた事
だろう。
タイの朝食は、日本の様にご飯、味噌汁、たまごとか、パン、コーヒー等と云う
定型方ではない。  夫々好きなタイ料理が色々出てくる。
3ー40分朝食時間を取ってランパーんを出発する事になった。

チェンマイは盆地で出来ているが、南方側の山は余り高くない。
チェンマイから、南へ約200Km位までは丘陵をダラダラ下っていく様な道だ。
それから田園風景に変わり数キロ走ると、突然高さ300M位の山が2ー3ヶ山
出て来る。
それが最後の山で、それからバンコクまで何も変わらない田園の中を車は走る。
それから途中休憩を入れて、ホテルに夕方6時30分に到着した。

◎ブンちゃんのシィーンラパコーン大学の卒業式・・・。

卒業するのはプーさんの妹のブンちゃんだ。プーは蟹。ブンは日本語訳が難しいと
セキサンが言う。

シィーンラパコーン大学は、プララーチャワン サナム チャーン(王宮、月の見え
る庭。)と、云う地名の場所に有りバンコクまで、ここからまだ60Km位有るそうだ。
此処はかなり大きな町で市ではないだろうか。
そこにチェンマイ大学の様に広大な敷地を持つた大学で、学生宿舎から全てが
ある様だ。

タイの大学ランクも国立大学の中で1位ジュラルコン大学、2位シィーンラパコーン
大学3位タマサ大学だそうだ。
2位と3位は、その年で入れ替わる事があると聞いた。
ブンちゃんは、国立大学でタイで二番目の優秀校シィーンラパコーン大学だ。
タイ店のワランさんも頭の優秀な人だと思ったら、この大学の卒業生だと言う。
自分の実家もこの近所で4Km位だと言っていた。
 
朝、8時に私達は大学に到着。ブンちゃんは、もう早く行ってしまってこの場には
いない。  校内の食堂で朝食を食べてブンちゃんの来るのを待つ。
なかなかブンちゃんの顔を見る事は出来ずに周りを見ていると戸族連れで夫々皆が
やって来る。

チェンマイ大学の卒業式も同じで一家族に 5ー10人位は父兄が付いて来ている。
今日の卒業生は、三千人と聞く。少し耳を疑う人数だ。
以前に学校を卒業してもその時には卒業式には出られずに、今日の卒業式だけに
来ている卒業生もいる大勢いると聞く。
そう言われれば、時々、お年寄りの人達が卒業式用のマントを着ているのを見る。

この卒業式の為に、この街に家族と共に2ー3万の人が一同に集まってくる。
この街には、大きな経済効果をもたらす。
プーさんもこの日の為に、かなり以前からホテルの予約がして有ったそうだ。
この街のホテルは、全部埋りホテル代わりにお寺の宿舎に泊らないと泊れないと
言う。

朝、10時頃にブンちゃんが沢山の卒業する友達と現れた。
学部によりマントに掛けたタスキの色が違い同じ学部の友達ばかりが集まってくる。
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学部の後輩達が、何重にも輪を作り卒業生を真ん中にして卒業エールがあちらこちら
で大きく起きる。
卒業記念の写真等、学友、家族と取っている内に自分達の式典の時間が来たのか
卒業生は講堂の方へ全員移動していった

今度出てくるのは、夕方5時になると言う。
一人一人、王族のソンデ、プラテイープ、ラツタナー、ラーチャ、スダー様から手渡
しで卒業証書をもらうと云う。これは、時間が掛かる。
卒業式の場面が、校庭内のTV放映もなく全然見る事も出来ないと云う。
一旦、ホテルに帰り、また、卒業生が出てくる時に出直す事になった。

卒業式も色々な経過があるのか、日本では卒業式に一家がこんなに大勢で
出向く事はない。
日本の最近は、両親が出るか親のどちらかが一人出る位になってしまっている。
プーさんの親戚も、もっと大勢出たかったがホテルが取れずに出られなかった。

再び5時30分頃に、ブンちゃんが講堂から出て来て私たちの所へやって来た。
立派な卒業証書を持っている。 成績が良く卒業証書を二番目にもらったと言う。
それが卒業証書の中にも成績優秀二番と書いて有るそうだ。
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ブンちゃんは滅茶苦茶の優等生だ。卒業生号令もブンちゃんの役目だったそうだ。
これにも驚いた。

ブンちゃんは卒業してからは銀行に勤めている。それが8月の前半から米国への
留学が既に決まっている。
それも何年行ってくるかは、自分の学力しだいで途中で帰らないと行けなくなる事も
あるそうだ。 最初は英語の語学力が問題にされて、勉強する方も、又、大変だ。

創業を祝ってブンちゃんの友達も沢山バンコクから駆けつけていた。
その仲間も先日、米国に一緒に留学した友達でジュラルコン大学の同期卒業生と、
今、四年生の学生だ。 やっぱり集まる友達も違う。

これから、ブンちゃんもどんな生活が待っているのか確りと勉強してほしものだ。
ブンちゃん、ワランさんの娘のマーパーマン達が、これからのタイを背負う気が
する。
学生ながら、今から確りしたものがチラチラと見えてくる。頑張って下さいと
言いたい。

卒業式が終わって翌朝、友達がバンコクに帰ると言う。
今時の学生か、朝はコーヒーランチが良いと言う。チェンマイもコーヒー店が増え
ニマンヘミン通り等は、こんなにコーヒー店がやっていけるかと思う程ある。
このパラチャワン サナム チャーンもコーヒー店が多い。この店も最近出来た
店だ。  皆でコーヒーランチを食べて、今からバスでバンコクに帰ると言う。
ある場所にマイクロバスがいて、そのバスが一杯になるとバンコクに出発する
そうだ。
そのバス代が、此処からゴンコクまで約60Kmあると云うのに40Bで行くと
云う。
これにも、又、驚きだ。皆、そのバスに乗り込んで帰って行った。

タイの大学の卒業式を具に見せてもらい、ブンちゃんのこんな機会でもないと経験
出来ない事で、これも又良い体験が出来た。 招待してくれたプーさんに感謝したい。

            今日は、この辺で。

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# by dbeiko | 2007-07-29 12:25
◎この頃と天気・・・。

●17日(火)朝、AさんにランナーGへ何時も迎に来てもらう定期の時間、6時10分前に
来てもらう。 
毎朝、私は4時30分に起きて出発まで、その日の準備にあたる。
朝は、忙しくゴルフの準備のみならず、パソコンを開き処理をする事が多くあり
此ればかりは、ゴルフのある日だけではなく毎日の日課の行事になっている。

そんな事から、夜寝る時間が自然に早くなり9時30分には夢の世界を、さ迷って
いる。
夜、早く寝るのは三文の徳(早起きは、三文の徳。)と、言われる様に私は呑み助で
夜眠たくならなければ何時までも飲み続けるので、確かに酒代と健康である事には、
三文以上の徳になる。

迎に来てもらったAさんが、何だか朝の陽が明けるのが遅くなったのでは、と
言われる。
今日の朝、私もそんな事を感じ取ったところだった。

●夕方、陽が出て明るいのに突然、雨が降り出し(日本では、狐の嫁入り。)急いで
窓を閉めて廻った。 タイでは樋のある家は少なく、窓の上の雨水除けのひさしも
ない。
 
雨が強く降ると窓から、雨水が直ぐに部屋に入るので急いで閉めないと水浸しに
なる。
その雨も15分位で降り止んでしまった。もつと、長雨にならないと涼しくはならない。

●薄暮か、7時になっても充分な明るさがある。室内温度も夕方7時になるが
31、5度ある。  今日も、こんな15分位の夕立では涼しくならない。
ドイ、ステープも墨絵の様な雲に覆われて姿もない。この雲では、夜中に雨に
なるだろう。
朝方まで残らなで欲しい。雨はゴルフの邪魔者だ。本当に人間は、身勝手な
生き物だ。

◎あるゴルフのコンペと、ゴルフプレー料金・・・。

15日の日曜日、ある会でゴルフコンペが有りグリーンバレーGでプレーをした。
私は土曜日、日曜日は、ゴルフは休養日と決めて休日を取っている。
週に五ヶ日間も遊ぶと遊び疲れで、部屋でのんびりしたくなる。歳かも知れない。
差当り遊び疲れで週休二ヶ日制と言う処だろうか。なんと贅沢を言う・・。
随分と長い間土曜日、日曜日は、ゴルフプレーをしていない。

ゴルフ料金の話。グリーンバレーGは平日料金がメンバーは400B(約1600円)
でプレー出来る。
それが土曜日、日曜日には、値段が500B(約2000円)に値が上がる。
メンバーは土曜日、日曜日は、100B(約400円)多く払う事になる。

ランナーGは、平日、土曜、日曜も値段は300B(約1200円)と変わらない。
如何してでしょうか。 
会社が決めている事で、私が何を言うかと怒られてしまいます。

日本は、何処のゴルフ場も平日、土曜、日曜もメンバーの場合は、料金が一緒で
値段は変わらない。
平日、日曜もメンバー料金は何処も同じと思っているので、何だか高い値段を払った
様な気になる。
こんな事を思うのは、私だけしょうか。新しいメンバーの日本人の多くがそう思う。

私は平日プレーヤーで、仕事等で土曜、日曜日しか出来ない方には、大変高く同情を
する。

今日は7組から集まるゴルフコンペで、グリーンバレーGに早朝から誰が遅れる事も
なく集合時間より皆、早く集まって日本から来た人の組、チェンライ組、バンコク組と
タイ国内からも、チェンマイに仲の良い仲間達が集合するコンペとなった。

この会はミキシーと言うメール友で、日頃はインターネットで会話をしている仲間
同士だ。
日頃はメールだけの会話で会う事がないが、こうして会うと日頃からずーと会ってい
て、久し振り会ったとは思えない程のうちとけようで、こんなになれるのだと改めて
思い知る。

ゴルフコンペには29名の出席で、夜、表彰式を兼ねたパテイーには、それより
増えて35名の出席となる。 
その内、日本からも8名の出席者が有ってびっくりしてしまった。
日本国内でも皆、夫々県が違いこのチェンマイで初めて会った方もおられる様だ。

日本から来られた方々は、チェンマイ旅行よりも、勿論、この会への出席が目的だ。

メール友と会って話がしたいばっかりに、皆、チェンマイに来られた。
お開きになったのは、夜も更けて9時頃だったでしょうか、皆と良く飲み、
良く語らって私は、ほろ酔いで時間も忘れる位で帰路に付いた。

パテイー会場は、チェンマイ大学の美術館の敷地内にあるレストハウス『デン、デイー』
タイ語の意味は「良い土」と言う意味だそうだ。
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『デン、デイー』は、美術館の敷地内にあり、静かな環境の中でハウスの建て方も
「良い土」と言う店の名前だけ有って、土でハウスが出来た感じの良い店だ。

店長は日本人女性の方で、日頃は店内には静かなジャズを流している。
勿論、外の木陰には座席を設けていて涼しい風の吹く中、コーヒータイムをして
一休みする事も出来る。
駐車場も充分有り、コーヒーでも飲んで友達との待ち合わせや、音楽等を聞いてのん
びりする事も良い。 静かでチョットお洒落な店と云う感じが当っている。

◎チェンマイ大学の日本語学科・・・・。

夕方、いつもの様に夕飯を食べにワランさんのタイ店に出かけて外席に座り
メニューを取りに客席の方へ入って行ったら、日本語が書かれたシャッを着た
女性が二人食事を取っている。

シャッの背中に、何が書いてあるのかを見に側に寄って行ったら、そのタイ人女性が
いつもの微笑で迎えてくれた。 あの微笑のを見ると何かホットした安心感を感ずる。

私が側に行ったら、即座にタドタドシイ日本語で「日本人ですか。」と、聞いてきた。
「はい、そうです。」と、答えると「私達は、チェンマイ大学の学生です。」と、言う。
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背中の文字に指で指すと、そこには『日本祭 日本語学科』と、書いてある。
シャッの正面には桜の花の下に英語で『JAPAN』と、書いてある。
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近い内に「チェンマイ大学の日本祭でもありますか。」と、聞くと「今年は終り来年。」
と言う。二人が同じシャッを着ているので、日本祭でもあり食事かと思ったら
違っていた。

まだまだ、あまり喋りもタドタドシイ日本語で何年生かと聞いたら2年生だと言う。
入学して1年チョットで、此れ位喋れるのだ。
来年の日本祭には、来て下さいと言っていた。

私達の関係は、ラチャパト大学日本語学科との情報が多く、同大学は今月末に
例年ある日本祭をやる事になっている。日本祭の様子も、又、書く事にする。

二人が帰る折に、まだ若い学生が私達にキチンと挨拶して、また会いましょうと
言って帰って行った。 なかなか二人とも感じの良い学生達だった。
タイ人と日本人の間に、この様な話がどんどん出来たら何時までも良い国同士で
いられる。

◎チェンマイから世界に向けてラジオ(FM98.5MHz)で発信・・・。

ネット接続を依頼して、もう一ヶ月を過ぎた。一週間で接続できるとの約束だった。

それが先日、接続出来たと言う。
本当かどうか、アドレスを入れたら我が家のパソコンに画面が出て音が流れてくる。

日にちは経ったが、約束していた事が果たせた。こればかりは、栄子と二人で
喜んだ。

これで日本に居る人達にも、私達の肉声が聞いてもらえる。
ネット事情が良ければ何時でも聞いてもらえる。チェンマイのラジオでは聞き
辛くてもネットを使えば、これもきれいに入る。本当に良かった。

アドレス //www happy radio985.co.nr  パツピーラデオ985.co.nr です。
一度接続してみて下さい。 接続案内が出ますので手順道りに進めて下さい。
e0054998_19221441.jpg

写真の画面が出てきます。 画面を下にずらすと LIVE RADIO98.
5MHzが出てきますので、そこをクリックすると音が出てきます。
放送時間が有り、その時間内は接続でき音が流れます。

放送時間はタイ時間 PM1:00-PM 2:00(日本時間3:00-4:00)
です。

月曜日ー金曜日まで毎日。 栄子と私の受け持ち曜日はこの様です。
栄子は火曜日と木曜日の二日間。 私は水曜日の一日です。 聞いて下さい。
下手くそで耳障りですが、1時間の間、耳くそ取り思って聞いて下さい。
          ー今日は、この辺で。

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# by dbeiko | 2007-07-19 19:15
◎この頃と天気・・・。

今日(7月13日)は、朝から蒸し暑い。雲は厚いが、所々青空も見える。
風が吹かないのか、只、汗がじとじととでる。タイ人はこんな時でも汗を
掻かない。

ゴルフ場のキャディは、殆ど汗を掻かないが中には少人数ながら汗を掻く
キャディもいる。 
日本人の様にこんな暑いなかでは、汗を掻くのは普通の事だ。
汗を掻かないタイ人はどうなっているか、不思議で私には判らない。
多分、毛穴が開き過ぎて体内に体温が篭らないのだろう。

こんな時期でも街の中の若者(男、女)の中には、厚ての長袖ジャンバー着るタイ人も
いる。

午後3時過ぎにドイの山に厚い黒い雲が山頂に掛かったら、その雲が霧の様になって
山の下にどんどん下りてくる。 カーテンの様になり下りて来る、あの霧は雨だ。
霧が此方に向かって来るのが目で良く判る。

ものの30分も過ぎない内に、雨が降りだした。
音をたてて降つた雨も1時間程で降り止んだ。この時間に降る雨が一番好きな雨だ。
案の定、夕方は、大変涼しくなって気持ちの良い夕方を向かえる。

夕食を食べにタイ食堂のワラン店に行ったら、早速、サバイ、サバイ(気持が良い)と
言って向えてくれた。
夕方に雨が降るとタイ食堂は、一辺に客足が落ちる。店に取ってはサバイ、サバイとは
言っておられない。

夕方、強く降る夕立があった夜には『カエル』が、鳴く、鳴く朝方まで鳴き続ける。
ところが朝方、太陽が出かけて朝日が昇り始めると、ピタッと言って良いほど鳴き
止む。
時々、私の様な少し偏屈な『カエル』が、一匹、二匹止めれば良いのに鳴き続けて
いる。
その声も直ぐに聞えなくなって、次に鳥の鳴き声へと自然に変っていく。

◎ミャンマー(ビルマ)料理の食堂と、ソムタム(タイ代表の野菜サラダ)屋台・・・。

タイ食堂のワランさんの隣が不動産屋で、その隣がタイ食堂のパンさんの店。
その隣の横にミャンマー料理の食堂がある。この前も書いたが小さな食堂ばかりだ。
タイ人の胃袋を毎日毎日満たす為には、此れ位の食堂が多数軒ないと満たす事は
出来ないだろう。

ミャンマー料理は、この辺では此処位でチェンマイ市内でも今までに聞いた事がない。
ファラン(西欧人)も、時々、ビルマ料理の店は何処かと案内地図を持つて訪ねてくる。
何故、ミャンマー料理を売り物にしているのかは私は判る気がする。

北部タイとミャンマー人との結びつきは、古く昔から歴史上も深い付合いが有る。
歴史の話は今日は書かなく、またの機会に書く事にする。

北部タイの労働(下働きをする。)を、補うのはミャンマー人だと聞く。
バンコク方面の労働を補うのは、タイ東北部のイサンからの出稼ぎに来たタイ人と
聞いた事がある。
私達が利用しているタイ店の料理を作ったり下作業等の下働きをする人達は、
ほとんどミャンマー人が働いている。
ワランさんの店は、一人がタイ人で他はミヤンマー人だ。パンさん、ペットさんの店も
みんな下働きは同じだ。

ワランさんは店の前を歩いて行く人の人相だけで、その人の近隣諸国の国の名前を
言う。
日本人が中国人、韓国人、日本人と見分ける事が出来るのと同じ事のようだ。
最近は工事現場の飯場が多数出来て、そこで働いている作業者は、皆ミヤンマー人と
言う。

この近所だけでも、どれだけのミャンマー人がいるかミャンマー料理店も必要になる。
ミャンマー料理は基本的には、中国料理とインド料理の一大食文化圏だ。
それは、タイ料理も同じ事で全てが良く似ている。
只、此処で作られるミャンマー料理が本当か、どうかは小民族が多数、色々な宗教が
絡み使用素材も使うものが強制される。 ここの料理もそんな事を考慮して作られる。

そこの経営者が、どんな人かでミャンマー料理も作るものが変わってくる。
タイ料理もそんな事から作られている。
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看板の上の丸文字は、ミャンマー語で書いてある。ミャンマー語は、日本と語順が
同じで馴染み易いそうだ。タイ文字とは、全然違う書体だ。

店の前に屋台が写って要るが、ソムタム(辛い野菜サラダ)屋台で他の店の前に
来て普通に商売をする。
普通に商売をするのでそんなところは日本人の私は理解できない。

ソムタムも色々な種類が有るが、川蟹の入ったものは日本人は食べない方が良い。
一緒に食べても日本人の中には、体に合わず下痢をする人が、必ずと要っていい程
でる。

◎夕飯は『日本のてんぷら』・・・。

この頃、栄子がタイ料理が鼻に付いて来てタイ料理に腰が引けつつある。
タイ食の場合は、タイ独特の料理方法からか、油と香草が混じっているからか、鼻に
つきタイ料理から離れたくなっている。

タイ料理は豚、鶏、海老とトッピングの主材料は変わるが、作る方法には変わりがなく
同じような物になり、朝、昼、夕食とタイ料理を食べるには重いものが有るようだ。
私の場合は何の抵抗もなく約四年、苦にもせずに食べ続けて今からも気にもならない。

そんな事から栄子は朝、昼はワランさんの店には行かず夜だけ食べ行く事にしている。
最近は夕食の時に自分の食べたいオカズを自宅で作り、夕飯の時にワラン店に持ち
込む。
ワランさん親子も、栄子が作って来てくれる日本料理が食べられて大喜びだ。

この日は、朝からリンピンスーパー(日本食材が置いてあるスーパー。)へ行き、
天麩羅にする材料を買いに行く。
レンコン、ごぼう、茄子、ピーマン、人参、さつま芋、海老と一通りの買い物になる。
昼から仕込みに入り夕方から揚げるようになる。
e0054998_1656313.jpg

小麦粉に下味のカレー粉を入れて焼酎を少し入れてカラッと揚げる。
自宅の夕方の台所は、夕飯に間に合わすので大忙しだ。
幾種類もの天麩羅が出来上がる。

日本もタイも同じで女性は、さつま芋の天麩羅が大好きだ。
カレー味の天麩羅がワラン家族は大好きで日本のポン酢味で食べると、ワランさん
家族の箸は止まる事を知らない。
アッと言う間に皆の胃袋の中に入る。近所のモンさんも横から箸を出してくる。

ワランさんの旦那のニンプさんは、ワサビがないかと言ってくる。
ニンプさんは、ワサビが大好きで日本料理には、みんなワサビを付けたがる。

栄子もみんなが美味しい、美味しいと言って食べてくれて、夕飯に日本料理の
天麩羅がみんなと一緒に食べられて、今日はタイ食を食べずにすんで、
ホッと一息する夕飯だ。
            ー今日は、この辺で。

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# by dbeiko | 2007-07-16 16:18
◎この頃と天気・・・。

今日(7月13日)は、朝から蒸し暑い。雲は厚いが、所々青空も見える。
風が吹かないのか、只、汗がじとじととでる。タイ人はこんな時でも汗を掻かない。
ゴルフ場のキャディは、殆ど汗を掻かないが中には少人数ながら汗を掻くキャディも
いる。 
日本人の様にこんな暑いなかでは、汗を掻くのは普通の事だ。
汗を掻かないタイ人はどうなっているか、不思議で私には判らない。
多分、毛穴が開き過ぎて体内に体温が篭らないのだろう。
こんな時期でも街の中の若者(男、女)の中には、厚ての長袖ジャンバー着るタイ人も
いる。

午後3時過ぎにドイの山に厚い黒い雲が山頂に掛かったら、その雲が霧の様になって
山の下にどんどん下りてくる。 カーテンの様になり下りて来る、あの霧は雨だ。
霧が此方に向かって来るのが目で良く判る。
ものの30分も過ぎない内に、雨が降りだした。
音をたてて降つた雨も1時間程で降り止んだ。この時間に降る雨が一番好きな
雨だ。
案の定、夕方は、大変涼しくなって気持ちの良い夕方を向かえる。

夕食を食べにタイ食堂のワラン店に行ったら、早速、サバイ、サバイ(気持が良い)と
言って向えてくれた。
夕方に雨が降るとタイ食堂は、一辺に客足が落ちる。店に取ってはサバイ、サバイとは
言っておられない。
夕方、強く降る夕立があった夜には『カエル』が、鳴く、鳴く朝方まで鳴き続ける。
ところが朝方、太陽が出かけて朝日が昇り始めると、ピタッと言って良いほど鳴き
止む。
時々、私の様な少し偏屈な『カエル』が、一匹、二匹止めれば良いのに鳴き続けて
いる。
その声も直ぐに聞えなくなって、次に鳥の鳴き声へと自然に変っていく。

◎ミャンマー(ビルマ)料理の食堂と、ソムタム(タイ代表の野菜サラダ)屋台・・・。

タイ食堂のワランさんの隣が不動産屋で、その隣がタイ食堂のパンさんの店。
その隣の横にミャンマー料理の食堂がある。この前も書いたが小さな食堂ばかりだ。
タイ人の胃袋を毎日毎日満たす為には、此れ位の食堂が多数軒ないと満たす事は
出来ないだろう。

ミャンマー料理は、この辺では此処位でチェンマイ市内でも今までに聞いた事がない。
ファラン(西欧人)も、時々、ビルマ料理の店は何処かと案内地図を持つて訪ねてくる。
何故、ミャンマー料理を売り物にしているのかは私は判る気がする。
北部タイとミャンマー人との結びつきは、古く昔から歴史上も深い付合いが有る。
歴史の話は今日は書かなく、またの機会に書く事にする。

北部タイの労働(下働きをする。)を、補うのはミャンマー人だと聞く。
バンコク方面の労働を補うのは、タイ東北部のイサンからの出稼ぎに来たタイ人と
聞いた事がある。
私達が利用しているタイ店の料理を作ったり下作業等の下働きをする人達は、
ほとんどミャンマー人が働いている。

ワランさんの店は、一人がタイ人で他はミヤンマー人だ。パンさん、ペットさんの店も
みんな下働きは同じだ。
ワランさんは店の前を歩いて行く人の人相だけで、その人の近隣諸国の国の名前を
言う。
日本人が中国人、韓国人、日本人と見分ける事が出来るのと同じ事のようだ。
最近は工事現場の飯場が多数出来て、そこで働いている作業者は、皆ミヤンマー人と
言う。

この近所だけでも、どれだけのミャンマー人がいるかミャンマー料理店も必要になる。
ミャンマー料理は基本的には、中国料理とインド料理の一大食文化圏だ。
それは、タイ料理も同じ事で全てが良く似ている。

只、此処で作られるミャンマー料理が本当か、どうかは小民族が多数、色々な宗教が
絡み使用素材も使うものが強制される。 
ここの料理もそんな事を考慮して作られる。
そこの経営者が、どんな人かでミャンマー料理も作るものが変わってくる。
タイ料理もそんな事から作られている。

看板の上の丸文字は、ミャンマー語で書いてある。ミャンマー語は、日本と語順が
同じで馴染み易いそうだ。タイ文字とは、全然違う書体だ。

店の前に屋台が写って要るが、ソムタム(辛い野菜サラダ)屋台で他の店の前に来て
普通に商売をする。
普通に商売をするのでそんなところは日本人の私は理解できない。
ソムタムも色々な種類が有るが、川蟹の入ったものは日本人は食べない方が良い。
一緒に食べても日本人の中には、体に合わず下痢をする人が、必ずと要っていい程
でる。

◎夕飯は『日本のてんぷら』・・・。

この頃、栄子がタイ料理が鼻に付いて来てタイ料理に腰が引けつつある。
タイ食の場合は、タイ独特の料理方法からか、油と香草が混じっているからか、鼻につき
タイ料理から離れたくなっている。

タイ料理は豚、鶏、海老とトッピングの主材料は変わるが、作る方法には変わりがなく
同じような物になり、朝、昼、夕食とタイ料理を食べるには重いものが有るようだ。
私の場合は何の抵抗もなく約四年、苦にもせずに食べ続けて今からも気にもならない。

そんな事から栄子は朝、昼はワランさんの店には行かず夜だけ食べ行く事に
している。
最近は夕食の時に自分の食べたいオカズを自宅で作り、夕飯の時にワラン店に
持ち込む。

ワランさん親子も、栄子が作って来てくれる日本料理が食べられて大喜びだ。
この日は、朝からリンピンスーパー(日本食材が置いてあるスーパー。)へ行き、
天麩羅にする材料を買いに行く。
レンコン、ごぼう、茄子、ピーマン、人参、さつま芋、海老と一通りの買い物になる。

昼から仕込みに入り夕方から揚げるようになる。
小麦粉に下味のカレー粉を入れて焼酎を少し入れてカラッと揚げる。
自宅の夕方の台所は、夕飯に間に合わすので大忙しだ。幾種類もの天麩羅が出来
上がる。

日本もタイも同じで女性は、さつま芋の天麩羅が大好きだ。
カレー味の天麩羅がワラン家族は大好きで日本のポン酢味で食べると、ワランさん
家族の箸は止まる事を知らない。
アッと言う間に皆の胃袋の中に入る。近所のモンさんも横から箸を出してくる。

ワランさんの旦那のニンプさんは、ワサビがないかと言ってくる。
ニンプさんは、ワサビが大好きで日本料理には、みんなワサビを付けたがる。
栄子もみんなが美味しい、美味しいと言って食べてくれて、夕飯に日本料理の
天麩羅がみんなと一緒に食べられて今日はタイ食を食べずにすんで、
ホッと一息する夕飯だ。
ー今日は、この辺で。

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# by dbeiko | 2007-07-16 15:46